生死を考えることはネガティブではない
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「死にたい」と考えることは自殺願望で、「死ななければならない」と考えることは希死念慮だといいます。
うつ病の場合、どちらともそういった想いが強いのです。
生死について考えるということは、普段あまりしないことでしていない人からしたら「ネガティブな人だなあ」と思われてしまうでしょう。
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またそう思われていないにしても「そう思われているに違いない」と落ち込んでしまうかもしれません。
しかし果たして生死について深く考えることは「暗い考え方」なのでしょうか?
生死と人生
人は誰しもいつかは、「人生って何だろう」「なぜ生きているのだろう」と考えるものです。
それは、自分は生きていて絶対にいつか死ぬとわかっているからそういう疑問が生まれるのです。
では生死を深く考えるということは、誰にでもあることなのだ。というと意外にもそういったことではないようです。
気にしたことがない人もいれば、それよりも今を生きているという強い方も多く、深く考える人は何やら悩んでいるように思えます。
自殺願望や希死念慮の強い人は、生死について毎日のように考え込み頭が常にフル回転なので頭痛や吐き気、睡眠不足など様々な症状に困ってしまうのです。
生き方を考える
生きるのがつらい人は、生き方を考えましょう。
そこで例ですが、「なぜ生きているのか」についていろいろな説があります。
子孫を残すためという生物の繁殖を考えた、生き物の本能説がそのひとつです。
しかし結婚や子供を希望しない夫婦、または病気で子孫を残せないという場合もあります。
そもそも歳をとり子供が産めなくなったら「死んでいる」という事になってしまうのではないでしょうか?
そしてもうひとつがこの世が地獄であの世が天国という説です。
そう思うとそんな気がしてきます。
これには逆はありえません。
今が天国だったらあの世で地獄のようなつらいことがあってもつらさを知らない状態なのでつらくないのですから。
終着点のあるこの考え方には、多くの人が救われたと思うでしょう。
最後に自分は絶対死なないという説です。
死なないと考えれば何でもできます。
どんなにつらいことも乗り越えられる気がしてくるでしょう。
生き方を考えると何通りも考え方があり、そしてその考え方には時に希望が生まれるのです。
だから生死を考えることは全くネガティブな考え方ではなく、あなたが人生を歩んでいる証拠なので落ち込まないでください。